2006年09月14日 21:59
最近の携帯型音楽機器業界は国内メーカーの奮闘、何よりケータイとの連携が強く、appleのシェアは少しずつ落ちているようなんですよ。ミュージックケータイという名のもとに、ケータイで音楽を聴く人たちが増えているそうだとか。
そんな中ipod nanoの第2世代が発表となり、容量やカラーバリエーションが増え、再生時間の長時間化を始めとする強化がつい先日発表そして即発売という連携をしてくれたappleは、その発表方法といい販売戦略といい、他の国内メーカーにない魅力がありますよ。
ipodといえば、所有しているminiの4GBはいまだ現役で動いており再生時間以外に不満らしい不満はないんですけれど、他に不満がないからこそ再生時間の短さには「仕事行ってくるよ」と家族に告げて家を出てそのまま近所の第3公園のブランコに座って牛乳をごくっと飲み干した後いつリストラされたことを家族に言うべきかどうかを悩むような溜息をつきたくなる気持ちになったりします(つд・)
こう、音楽を聴きたい時に限って充電池切れというのはなんともストアストレス+10くらいなブーストがあるんじゃないかなと思いますねえ。
私の持っているminiは第1世代なので再生時間が4時間弱なので、先日の旅行も充電しながら騙しだまし使用していますた。充電とはいえ、電車内でノートPCとipodを接続しているその姿は傍から見ればさぞ奇妙なものと思われたことでしょう。常磐線のセミロングシートが実に有難いと思えた瞬間でした(*'-')
ゆえにipod nanoがニューリリースされたとほぼ同時期にボーダフォンがハッピーボーナス加入と705SH購入(機種変含む)を限定とした人全員にこの新型ipod nanoを通常より安く購入できるとあって非常に心揺れる今日この頃の私ですよ(´Д⊂
まんまとメーカーの思惑がわかっているのにそれに惹かれてしまうのは、
「いか〜ん!これは罠だ、引き返すんだぁ〜ヽ(;´Д`)ノ」
「分かっている。だが漢には引けぬときがあるのだヽ(`Д´)ノ」
「敢えて火中に栗を拾うか・・・それもよかろう(´ー`)」←誰?
みたいな構図が実にしっくりくるもんですよねえ。
にしても、来月から始まるナンバーポータビリティに備えた戦略としては中々のものだと思います。ハッピーボーナスという年間契約縛りでユーザー引きとめにかかる、携帯業界の新たなる決戦前夜という雰囲気が実にヒシヒシ伝わってきますよ。
auやドコモがミュージックケータイ、音楽プレーヤーとケータイとの融合を目指すのに対して、ipod nanoの同梱販売という戦略に出たボーダフォン(ソフトバンクモバイル)。まさに対極路線で実に興味深かったりしますね。
私個人の考えとしては、たしかにケータイはいつも持ち歩くものでありますし、さらっと軽く聞く分には申し分ないのかもしれません。とはいえケータイで音楽を聴くことでいざというときにケータイ電池切れを起こすのが怖く、また容量的にもさほど入らないこともあって、ケータイで音楽を聴く気にはなれなかったりするんですけども。
そういう意味でボーダフォンの戦略というのが実にピンポイントで私のツボをついているのが何とも悲しいやらウレシイやら悔しいやら楽しみやらなもんです┐(゜〜゜)┌
次世代通信規格、ナンバーポータビリティの導入を控え、実に楽しく盛り上がってきたケータイ業界。しかしケータイを持っていない私にとってはまさに蚊帳の外でありまして、こんな面白い祭りに参加しない手はない、と再びケータイ持ちたい病が再発しましたよヽ(゜ー゜;)ノ
ケータイを2台持つという考え。
初めて話してこれをわかってもらえる人って私の周りでは少なかったりします・・・というか、分かってくれたフレは一人しか現在のところいませんが(つд・)
この考えを説明するにあたり一番てっとりばやいのは「趣味」と答えることだと思います。例えば、車やバイクが趣味の人が所有者1台だけでいいと思う人は少なく、様々な事情がクリアできるならきっと複数持ちたいと思っているはずなんですよ。そこに理由は?と問われれば「好きだから」で大抵全てが語りつくせるからなんですよね。
次に説明できるのは「気分転換」。
アクセサリーや衣服とかは装備できるのであれば1つだけでいいって人は少ないと思います。人は生きる以上死ぬまで「飽き」から逃れられることはできず、少しでもその時間が訪れるのを先延ばしにするためにアレコレ工夫をするんですよね。
飽きという無変化への対策は変化であり、変化するためには次なる変化への選択肢が必要なんですよ、飽きという終着点に至る時間は長くなればなるほどよく、そういう意味では変化への選択肢は多いに越したことはないわけで。
選択肢が多い、つまりは衣服やアクセサリーなどは複数持つことでその日その時その気分により使い分ける、着分けるという発想、コーディネートというものが生まれ、それら一つ一つの価値がより輝くんですよ。
私のケータイ持論はむしろこの後者にあたる気分転換によるところが大きく、複数持つことで既存のケータイの価値は高まり、使い分けるというコーディネートがライフスタイルを次なるフェーズに導くんじゃないかなと思うわけで。
どのように使い分けるために複数持つのか、とかは今考える必要なんてないんですよ。むしろ、それに固執していると話は前に進みません。複数もってどう使い分けるかをコーディネートする、そういう発想の転換が大切なんじゃないかなと。
やる、やらない。
できる、できない。
・・・などの停滞による無変化ではなく、
いかにしてやるか。
いかにしてできるか。
・・・を考える、所謂選ばざるを得ない微速前進の流れに身を置くほうがが少しはポジティブなんじゃないかなと。人間、適度に自分を追い詰めたほうが思う以上の実力とかって出やすいんじゃないかなと思ったり。あくまで、適度にですが('〜')
そんな中ipod nanoの第2世代が発表となり、容量やカラーバリエーションが増え、再生時間の長時間化を始めとする強化がつい先日発表そして即発売という連携をしてくれたappleは、その発表方法といい販売戦略といい、他の国内メーカーにない魅力がありますよ。
ipodといえば、所有しているminiの4GBはいまだ現役で動いており再生時間以外に不満らしい不満はないんですけれど、他に不満がないからこそ再生時間の短さには「仕事行ってくるよ」と家族に告げて家を出てそのまま近所の第3公園のブランコに座って牛乳をごくっと飲み干した後いつリストラされたことを家族に言うべきかどうかを悩むような溜息をつきたくなる気持ちになったりします(つд・)
こう、音楽を聴きたい時に限って充電池切れというのはなんともストアストレス+10くらいなブーストがあるんじゃないかなと思いますねえ。
私の持っているminiは第1世代なので再生時間が4時間弱なので、先日の旅行も充電しながら騙しだまし使用していますた。充電とはいえ、電車内でノートPCとipodを接続しているその姿は傍から見ればさぞ奇妙なものと思われたことでしょう。常磐線のセミロングシートが実に有難いと思えた瞬間でした(*'-')
ゆえにipod nanoがニューリリースされたとほぼ同時期にボーダフォンがハッピーボーナス加入と705SH購入(機種変含む)を限定とした人全員にこの新型ipod nanoを通常より安く購入できるとあって非常に心揺れる今日この頃の私ですよ(´Д⊂
まんまとメーカーの思惑がわかっているのにそれに惹かれてしまうのは、
「いか〜ん!これは罠だ、引き返すんだぁ〜ヽ(;´Д`)ノ」
「分かっている。だが漢には引けぬときがあるのだヽ(`Д´)ノ」
「敢えて火中に栗を拾うか・・・それもよかろう(´ー`)」←誰?
みたいな構図が実にしっくりくるもんですよねえ。
にしても、来月から始まるナンバーポータビリティに備えた戦略としては中々のものだと思います。ハッピーボーナスという年間契約縛りでユーザー引きとめにかかる、携帯業界の新たなる決戦前夜という雰囲気が実にヒシヒシ伝わってきますよ。
auやドコモがミュージックケータイ、音楽プレーヤーとケータイとの融合を目指すのに対して、ipod nanoの同梱販売という戦略に出たボーダフォン(ソフトバンクモバイル)。まさに対極路線で実に興味深かったりしますね。
私個人の考えとしては、たしかにケータイはいつも持ち歩くものでありますし、さらっと軽く聞く分には申し分ないのかもしれません。とはいえケータイで音楽を聴くことでいざというときにケータイ電池切れを起こすのが怖く、また容量的にもさほど入らないこともあって、ケータイで音楽を聴く気にはなれなかったりするんですけども。
そういう意味でボーダフォンの戦略というのが実にピンポイントで私のツボをついているのが何とも悲しいやらウレシイやら悔しいやら楽しみやらなもんです┐(゜〜゜)┌
次世代通信規格、ナンバーポータビリティの導入を控え、実に楽しく盛り上がってきたケータイ業界。しかしケータイを持っていない私にとってはまさに蚊帳の外でありまして、こんな面白い祭りに参加しない手はない、と再びケータイ持ちたい病が再発しましたよヽ(゜ー゜;)ノ
ケータイを2台持つという考え。
初めて話してこれをわかってもらえる人って私の周りでは少なかったりします・・・というか、分かってくれたフレは一人しか現在のところいませんが(つд・)
この考えを説明するにあたり一番てっとりばやいのは「趣味」と答えることだと思います。例えば、車やバイクが趣味の人が所有者1台だけでいいと思う人は少なく、様々な事情がクリアできるならきっと複数持ちたいと思っているはずなんですよ。そこに理由は?と問われれば「好きだから」で大抵全てが語りつくせるからなんですよね。
次に説明できるのは「気分転換」。
アクセサリーや衣服とかは装備できるのであれば1つだけでいいって人は少ないと思います。人は生きる以上死ぬまで「飽き」から逃れられることはできず、少しでもその時間が訪れるのを先延ばしにするためにアレコレ工夫をするんですよね。
飽きという無変化への対策は変化であり、変化するためには次なる変化への選択肢が必要なんですよ、飽きという終着点に至る時間は長くなればなるほどよく、そういう意味では変化への選択肢は多いに越したことはないわけで。
選択肢が多い、つまりは衣服やアクセサリーなどは複数持つことでその日その時その気分により使い分ける、着分けるという発想、コーディネートというものが生まれ、それら一つ一つの価値がより輝くんですよ。
私のケータイ持論はむしろこの後者にあたる気分転換によるところが大きく、複数持つことで既存のケータイの価値は高まり、使い分けるというコーディネートがライフスタイルを次なるフェーズに導くんじゃないかなと思うわけで。
どのように使い分けるために複数持つのか、とかは今考える必要なんてないんですよ。むしろ、それに固執していると話は前に進みません。複数もってどう使い分けるかをコーディネートする、そういう発想の転換が大切なんじゃないかなと。
やる、やらない。
できる、できない。
・・・などの停滞による無変化ではなく、
いかにしてやるか。
いかにしてできるか。
・・・を考える、所謂選ばざるを得ない微速前進の流れに身を置くほうがが少しはポジティブなんじゃないかなと。人間、適度に自分を追い詰めたほうが思う以上の実力とかって出やすいんじゃないかなと思ったり。あくまで、適度にですが('〜')


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